■スタニスワフ・イグナッツイ・ヴィトキェヴィッチ(愛称:ヴィトカッツイ)
(1884年〜1939年自殺 ポーランド生まれ)
作家、劇作家、画家、美学者、批評家。1992年、シアターΧの劇場のオープニング特別企画のヴィトカッツイ・フェスティバル“WITKACY-in-the-box(ヴィトカッツイのびっくり箱)"では、『水鶏』『狂人と尼僧』をポーランドやノルウェーや日本の劇団が競演した。他に写真、絵画展も。
シアターΧ情報誌ニューズレター準備号インタビュー記事より抜粋 1992年
龍村 仁氏へのインタビュー(ヴィトカッツイ・フェスティバル総合ディレクター・映像作家)
ヴィトカッツイの刺激とフェスティヴァルの挑戦
この2000年ぐらいのあいだ、我々はヨーロッパの光の当たっている部分を見てヨーロッパと思ってきたけれど、ヨーロッパを突き動かしてきた、あるいはヨーロッパ自身が自分のなかで押さえ込んできた闇の部分みたいなものがあるのではないかと思えるんです。
こうしたエネルギーが、ヴィトカッツイのバックグラウンドにもあるんじゃないかと思われる。第2次世界大戦前までの激動の時代に、彼がいろんな形で表現してきた世界というのは、実は人間の根源的な闇の世界ではなかったろうか。そして彼が肖像画に描いた目、レンズを見据える目こそ、ヨーロッパの闇へ通じるトンネルみたいなものじゃなかったかと。
ヴィトカッツイ的なるものにどんどん触れていくと自分自身が危険になる、ということがわかってきたんです。しかし避けて通れなくなってきた。逆にいえば、危険に触れていくようなところでなきゃ、もうある種自分自身がヴィトカッツイに感動したり、心動いたりすることなどなくなった時代でしょ。だって、「みんなもうわかっちゃってるよ!」なんてところに、このヴィトカッツイ的なるものをぶつけてきたらどうなるかな?
人間なんて本来、存在自体が危険なんですけどね。生命、生きてるってことが……それに対峙しないできたから、見ないできたから楽に生きたい訳ですよ。
シアターΧ情報誌ニューズレター創刊2号より抜粋 1992年
シアターΧオープニング特別企画 『水鶏』 作:ヴィトカッツイ
脚本・演出・仮面:遠藤啄郎 音楽:矢吹誠 出演:新井純 他
(1992年9月15日〜23日)
「ヴィトカッツイ的」なるものの構想は、しんどいけどね!
遠藤啄郎氏(横浜ボートシアター代表)が「ヴィトカッツイ的」なるものとして、そのヴィトカッツイの戯曲『水鶏』を日本で初めて演出するというのは、それこそ'92年演劇界におけるひとつのエポック、“劇的な事件"となるかもしれない。ポーランドのキューレター、べアタ・ロマノーヴィッチさんとの対話からは遠藤テキストもあぶり出され垣間見えた…
●遠藤 私は今年秋、『水鶏』を芝居にしようと思っているのですが、日本人というのは、どうしてもこういう世界が不得手なんですね。表現していこうとするときに、こうした(ヴィトカッツイの画集を見ながら)デッサンがもっているような世界が……。この間も、むこうの方のやられた芝居などを観ていて思ったんですが、身体性が全然違うんですね。表現とか表情とかあらゆるものを含めて、日本人の身体がもっているものとあちらの方がもっているものとが違う訳です。これを日本でどういう風に表現するか、私は非常に悩んでいます。
──中略──
●べアタ ではまだ、具体的なコンセプトというのは……?
●遠藤 ええ、ある大枠はもってますけど、まだ自分のなかではっきり決めている訳ではない。ただ、時代とか場所とかというものは、どこか僕の内面にあるイメージのなかに置き換えなきゃしょうがないかな、と思ってるんです。例えば子どもの頃の心象──そうしたものとどこか重ねていかなきゃならないかな、と思っているんです。
──中略──
●べアタ 60年代、世界中でちょっとした不条理演劇のブームがありました。その頃彼のテクストが発見され、本も出版されました。一部若者の反体制演劇とか反写実主義の流れに、たまたま重なった部分もあったかと思います。しかしその流れ自体は、日本でもポーランドでも過ぎ去った感がありますので……彼の芝居が以前ほど上演されている訳ではありません。しかし文学者・劇作家としてだけではヴィトカッツイは評価できないと私は思っています。写真家としてのヴィトカッツイ、画家としてのヴィトカッツイ──そうしたものが多面的に出てくると、かつて流行したヴィトカッツイとはまた違った世界が見えてくるのではないでしょうか。
●遠藤 僕が最初に表現主義やダダイズム、シュールレアリズムなどヨーロッパの前衛芸術にふれたのは中学生の頃、1930年代の終わりです。第2次世界大戦がもう始まっていました。知人の家や古本屋などで、画集や文芸書を見つけ、その秘密めいた世界(時代は軍国主義、忠君愛国の時代です)に心を引かれました。それはまるで禁断の果実のように魅力的でした。その出会いが、自分の絵や演劇の仕事をしてゆく大きなきっかけとなりました。ですから我が国での60年代〜70年代の不条理演劇の流行は、僕にとってそれほど心を引かれたものではありませんでした。
●べアタ そういうお話しですと、もうすでに先生のなかには、ヴィトカッツイをつくることができる、ある種の基盤みたいなものが出来上がっていらっしゃるようですね。
●遠藤 僕が今ヴィトカッツイに感じるものは、世界大戦への予感であり、僕の両親などをとおして感じた大正時代の匂いです。ですから、ヴィトカッツイは僕自身の少年から青年に変わってゆく、その境目──不安定でありながら、とても魅力的な思い出と重なっています。そんな舞台がつくり出せたらと思っています。
上演記録
1992年シアターΧオープニング特別企画「ヴィトカッツイのびっくり箱」を皮切りに、シアターΧから生まれた数々の作品群の中から抜粋して記事・記録を掲載します。
1992年
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「ヴィトカッツィのびっくり箱」 1992年9月15日〜23日 |
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1993年
産経新聞夕刊の掲載記事より抜粋 1993年2月22日 |
1993年9・10月 1993年11月 |
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1995年
訳・演出:大橋也寸 出演:岸田今日子、吉見一豊 他 |
1995年4月17日〜26日 |
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作・演出:郡司正勝 出演:和栗由紀夫、中村京蔵、坂東みの虫 他 |
1995年9月20日〜26日 |
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1996年
シアターΧ5周年記念プロデュース公演 作:ゴンブロヴィッチ 演出:ヤン・ペシェク |
ヴィトルド・ゴンブロヴィッチ(ポーランド) |
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1997年
シアターΧ5周年記念プロデュース公演 作・演出:郡司正勝 |
1997年6月16日〜18日 |
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2000年
SUMIDA国際フール祭実行委員会/シアターΧ/アフタークラウディカンパニー主催 |
2000年4月20日〜30日 |
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台本・演出:ロジャー・パルバース 出演:橋爪功・柄本明 |
2002年6月23日〜7月2日 |
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脚本:ウェン・シャオファン(范文雀) 演出:福原顕 出演:范文雀、張春祥 他 |
2000年11月22日〜12月2日 |
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2001年11月30日〜12月6日 |
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2002年
イタリア現代演劇シリーズ[ダリオ・フォーのびっくり箱] |
2002年 9月24日〜29日 |
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2003年
シアターΧ批評通信12号表紙より抜粋 |
2003年11月19日〜23日 |
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シアターΧ批評通信18号より抜粋 2003年9月23日 |
2003年9月3日〜5日 |
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シアターΧ批評通信22号より抜粋 2004年1月25日 |
2003年11月19日〜23日 |
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2004年
東京新聞の掲載記事より抜粋 2004年5月18日 |
モニ・ヨセフ(中央) |
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ヴィトルド・ゴンブロヴィッチ生誕100年記念2年がかりの企画 |
2004年12月3日〜6日 |
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2005年
東京新聞の掲載記事より抜粋 2005年2月26日 |
2005年4月1日〜7日 |
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演劇情報誌「シアターガイド」より抜粋 2005年4月号 |
2005年4月1日〜7日 |
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2007年
日本経済新聞「文化往来」の掲載記事より抜粋 2007年9月11日 |
2007年9月14日〜23日 |
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2008年
朝日新聞の掲載記事より抜粋 2008年7月31日 |
2008年8月22日〜24日 2008年8月22日〜24日 |
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2009年
出演:スマダル・ヤーロン、モニ・ヨセフ |
2009年3月2日〜4日 |
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音楽監督・指揮:天沼裕子 演出:藪西正道 |
2009年4月9日〜11日 |
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2010年
原作:アントン・チェーホフ 作:多和田葉子 演出:ルティ・カネル(イスラエル) |
2010年11月17日〜23日 |
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俳優さんへ |
2010年11月17日〜23日 |
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(多和田葉子にとって)愛の行為としての越境 |
2010年11月17日〜23日 |
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2011年
原案・台本・演出:マルタ・グルニツカ |
『女たちの合唱』舞台写真 |
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マルタ 私たちがこの舞台で見せたかったのはヴァラエティに富んだ女性像ということです。私たち自身が本当に様々な女性たちから構成されています。 |
『女たちの合唱』アフタートーク(劇場ロビー) |
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2011年秋のシアターΧ「ポーランドからの芸術攻勢」第三弾目。今回はポーランド出身の作家・哲学者レシェク・コワコフスキ(1927年〜2009年)の著作であるおとぎ話集『ライロニア国物語』を原作とした演劇公演、アニメーション上映、レクチャーをとり合わせた企画。レクチャーはアニメーション作品の脚本を手掛けたヤン・ザモイスキ氏による解説の後、アニメーション上映。そしてシチェチン市から招聘した劇団テアトル・カナによる奔放な演劇『ライロニア』を上演。またもポーランド芸術の実力を再認識することに。千秋楽後にヤン・ザモイスキ氏をインタビュー。 |
ヤン・ザモイスキ氏‥1956年、ポーランドのポズナン生まれ。レニングラード大学哲学科卒業。哲学史家、脚本家。今回の企画でテアトル・カナと共に来日。 |
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理性が問題から目を背ける |
演劇『ライロニア』舞台写真/テアトル・カナ 『ライロニア』アニメーションの一場面 |
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2012年
2010年2月に開講したシアターΧ パフォーミングアーツ塾(PA塾)は、1年間かけてモーツァルトの『フィガロの結婚』を学び2011年1月に全幕を上演した。2年目はモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』を2012年2月に全幕上演。次回作は『コジ・ファン・トゥッティ』を予定。ドイツ語・イタリア語の「台本」よみに始まり、歌唱、そして舞台動作の訓練も重ね、総合舞台芸術としてのオペラの創造を学ぶ。PA塾講師で演出の藪西正道氏に、シアターΧPA塾の成果やシアターΧのオペラ公演などインタビューした。 |
舞台写真 前右よりドン・ジョヴァンニとレポレッロ、後右よりマゼット、ヅェルリーナ、ドンナ・アンナ、ドン・オッターヴィオ、ドンナ・エルヴィーラ(撮影:コスガデスガ) 藪西正道氏 |
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シリーズ企画
第1回『泥棒論語』のプログラムより抜粋 |
花田清輝(1909〜1974): 文芸評論家、小説家、劇作家。戦時中に書き、戦後一年目に刊行した『復興期の精神』は戦後の評論界に衝撃を与えた。主な評論『錯乱の論理』(47)『アヴァンギャルド芸術』(54)『さちゅりこん』(56)『近代の超克』(59)など。小説には『鳥獣戯話』(62)『小説平家』(67)『室町小説集』(73)など。戯曲には処女戯曲の『泥棒論語』(59)『爆裂弾記』(63)『ものみな歌でおわる』(64)など、『首が飛んでも ─眉間尺』(74)が遺作。 |
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花田清輝という人がいた 小沢信男(作家) |
2004年9月4日〜9日 |
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〈第4回『泥棒論語』上演ノート〉 |
2009年3月12日〜15日 |
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●かぶきの誕生に関する一考察 原作:花田清輝 演出:ヴィクトル・ニジェリスコイ |
2011年3月3日〜6日 |
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○プラスチカについて |
2011年3月3日〜6日 |
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○俳優の想像力、観客の想像力 |
2011年3月3日〜6日 |
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花田清輝の祝祭的想像力 |
2011年3月3日〜6日 |
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マイナス掛けるマイナス |
2011年3月3日〜6日 |
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一人相撲は八百長か神への抵抗か |
2011年3月3日〜6日 |
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シアターX名作劇場は日本の名作・秀作一幕劇を一作家一作品を基本として、100本を目指して継続上演しています。 毎日新聞の掲載記事より抜粋 2007年8月2日
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第1回シアターX名作劇場 第14回名作劇場 第27回名作劇場 |
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第1回シアターΧカイ インターナショナル・ダンスフェスティバル'94
【ギャラリーΧ(カイ)】
【劇場ホワイエ】
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第1回シアターΧインターナショナル・ダンスフェスティバル[IDF]ポスター 1994年8月24日〜9月11日 |
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第2回シアターΧカイ インターナショナル・ダンスフェスティバル'96
【ギャラリーΧ(カイ)】
【ワークショップ】
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第2回シアターΧインターナショナル・ダンスフェスティバル[IDF]ポスター 1996年9月15〜16日 |
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第3回シアターΧカイ インターナショナル・ダンスフェスティバル'98 主催:シアターΧカイ 第3回インターナショナル・ダンスフェスティバル'98実行委員会
メインテーマ:「考える人と踊る人」 各分野における第一人者の先駆的な思想や発想を核とし、自分の形式をもちつつも、なお常に変貌することを望んでいる舞踊家や舞踏家たちが、共に、作品創りの模索に挑む。 21世紀を目前にひかえ、「今のまま」を少しでもズラし、変えてみることとなる新しいものを創る──試み。 この企画はそんな思いから生まれました。 今、 このままの 地球で いいとは このままの 社会で いいとは このままの 人間で いいとは 誰も 考えられないでしょう。 ── この 世界の現実を 直視したい、 直視した 芸術を 創出してみよう。 肉体は本当に「表現」ということをすることができるのかどうか。 (郡司正勝) 【参加アーティスト×考える人】
【ワークショップ】8月8・9日
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第3回シアターΧインターナショナル・ダンスフェスティバル98[IDF]ポスター 1998年8月14日〜16日 |
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第4回シアターΧカイ インターナショナル・ダンスフェスティバル2000
【ワークショップ】9月9・10日
○シアターΧ ワールド・シアトリカルダンス・セレブレーション 2000 in Kyoto
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第4回シアターΧインターナショナル・ダンスフェスティバル2000[IDF]ポスター 2000年9月7日 |
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第5回シアターΧカイ 国際舞台芸術祭[IDTF2002]
○第2回シアターΧカイ 国際舞台芸術祭 in Kyoto
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第5回シアターΧ国際舞台芸術祭[IDTF]ポスター 2002年9月16〜17日 |
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第6回シアターΧカイ 国際舞台芸術祭2004
【同時開催展覧会】
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第6回シアターΧ国際舞台芸術祭[IDTF]ポスター 2004年8月10日・11日
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第7回シアターΧカイ 国際舞台芸術祭
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第7回シアターΧ国際舞台芸術祭[IDTF]ポスター 2006年9月6日〜9日
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第8回シアターΧカイ 国際舞台芸術祭IDTF08
【はみ出し企画】
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第8回シアターΧ国際舞台芸術祭[IDTF]ポスター 2008年9月1日
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第9回シアターΧカイ国際舞台芸術祭IDTF2010
《公募作品とアフタートークの17日間》
《シアターΧIDTF実行委員会自主企画》
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第9回シアターΧ国際舞台芸術祭2010ポスター 2010年6月9・10日 2010年6月17日
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